難民受け入れ問題のニュースとかけて ubuntu のロゴと解く
シリア難民受け入れ問題で、賛否両派のデモ行進
第三者の立場で両者の主張に耳を傾けてみた
受け入れ派は感情90%で10%は屁理屈。
彼らの感情は、かわいそう、差別すんな、みんな仲良くなど
屁理屈は、国際貢献、多様な社会の構築、労働力の確保など
受け入れ反対派は感情10%
90%はロジックや
彼らの感情は日本が維持できなくなる。伝統が損なわれる。安全・安心の社会を子供達に残せなくなるなど
彼らのロジックは長期的視点に立った国益(国民利益)や。
- テロリストが混ざっとたらどうするねん。
- 国際貢献なら他の方法でやればええねん。
- 多様な社会とは、多くの争いを抱える国を目指すということや。
- 労働力の確保は国内で十分。労働力不足気味が成長をもたらすんや。
- 日本にはすでに100万近い難民がいて、彼らがもたらす社会的な負担がすでに大きい。
わいの立ち位置は中道ですわ。
感情を交えずに事実だけを収集してロジックで判断するリアリストでありたい。
受け入れ反対派の感情とロジックの関係は単純明快で、ロジックがもたらす結果が感情に直結してるねん。
対して難民受け入れ派の感情と屁理屈の関係は、自分の主張、感情が善であり正義であるというこじつけの構造になってる。*1
こいつらは、ぶっちゃけ偽善や。
わいは、外国に住む日本人やから、この国では移民扱いや。
普段の生活で国際。つまり国と国の境界というものを意識する環境や。
国と国の境界を意識すれば当然、国籍というものにも意識が向かう。
そこで ubuntu のロゴを見てくれ。
昔のわいには、3人が手をつないでいるように見えてた。
今では、こう見える。
右派も左派も教祖みたいなピラミッドの頂点付近に位置する何者かによってイデオロギーが発信され、それを盲信する人々や。
リアリストは情報が命やけど、その情報は基本的に権力側の検閲の結果であることが多い。
ネットの普及によって、現地の生の情報が入りやすくなっているから、教祖崇拝型の右左よりは、自分で情報を選択できる目が養われていくと考えられ、ナンボかマシやと思ってる。
ubuntu のロゴは、手〜つないでるんやない。
無関心の大衆というパイを取り合ってるんや。
大衆が右に傾いても左に傾いても戦争を招く。
日本の場合は、右なら攻める方。左なら攻められる方という見方や。
ホンマに平和を望むんやったら、現実を知って自分の頭で考えることや。
これをリアリストって言うんや。
どやろか?
脚注がおかしなことになってるんやけど、どうやって直すん?